いつみても適当

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前を歩く男の破けたジーパンに見た宇宙

 住んでいる場所の土地柄なのか、自分が変なのか、少し不思議な人に合うことは珍しくない。

 

 私は仕事が終わり、家に帰る途中。駅前の雑踏の中を少々うっとうしい気持ちになりながら歩いていた。

 

 前からは、これから何をしに行くのかが明白な、着飾った男女が浮ついた言葉をしゃべりながら歩いていたり、仕事帰りらしい男性が、少しでも嫌な時間をなくそうと、必死の形相で駅に向かって歩いていたりしている。

 

 別に音は大きくないのだが、色々な世界が私の眼前を横切り、目が騒がしい。情報過多だ。

 

 頭の中を色々な思考が駆け巡り、つらくなってきた私はドーム型の屋根がついているその通りから少し外れた道に逃げるようにして動いていった。

 

 何と戦っているのかはわからないのだが、いつもこの大通りから逃れようとすると、もう一人のリトルミーが「またお前は負けた」と私に向かってつぶやいてくる。

 

 確かにそんな気持ちはあるのだが、仕方あるまい。つらいのだから。

 

「しかたないじゃん」私はリトルミーとの対話を済ませ、コンビニ沿いの静かな通りを歩いていた。

 

 静かな場所を歩いていて余裕が出てきたのか、私は数十メートル程前を歩く男の後ろ姿に自然と目を向けていた。

 

 男は、よくいるバンドマン風の、おしゃれなつば付きの帽子にだぶだぶのパーカー、ジーパン、スニーカーといういでたちである。

 

 歩くリズムも軽快だ。まるでビートを刻んでいるようである。「俺ら東京生まれヒップホップ育ち♪悪い奴らは大体友達♪」な感じだ。男の歩き姿からは、まるでダンスミュージックのような軽やかさすら漂っていた。

 

 ただ、男の後ろ姿にはどことなく違和感があった。ドラゴンアッシュ風のリズムで歩く男の尻あたりがジーパン柄でないのである。目を凝らすと、チェックらしき柄がのぞいていた。

 

 まあ、おしゃれというやつなのだろう。最初は思った。そもそも、私は近眼なので、はっきりはわからなかった。

 ただ、少し気になったのも事実。私はもう少し男の後ろ姿を見てみることにした。

 

 じっくり見てみると、チェック柄の下からは何やら茶色っぽい色の何かがのぞいていた。男の尻あたりから見えるあの柄は何なのか、私はさらに気になった。

 

 四つ打ちのリズムでかなりの大股歩き、男の歩くスピードはかなり速い。私は男に追いつくべく、小走りになりながら、後を追った。

 

 近づいてみるとだんだん、違和感の正体がわかってきた。男の履いているジーパンが尻のあたりでびりびりに破れていたのである。そして、そこからチェック柄のトランクスとほっそりとした色黒の足がのぞいていた。それはもう見事なまでに破れっぷりである。モードオフでも引き取ってくれないようなレベルだ。

 

 男は果たしてズボンが破けていることに気付いているのだろうか。人がいる場所から少し離れたとはいえ、男と私は以前として駅から数百メートルの場所にいる。もちろん周囲にはまばらだが、普通に人はいる。

 

 男の破れたジーパンに気づいた人は何も私だけではないだろう。それが理由に、私ほどではないが、男の傍を歩いた人が通り過ぎた後、ちらちら男の方を気にしていた。

 

 さて、男はと言えば、依然として、軽快なリズムで右手に持った得体のしれないビニール袋をいい感じの棒を見つけた男子小学生のようにブンブン振り回しながら、大股で歩いている。その姿は自信に満ち溢れているようでもあった。

 

 私はと言えば、こんな男が気になったのでついつい後ろをつけていた。まあ男が歩いている方向と同じ場所に家があったので許してほしい。

 

 男の後ろ姿を見ながら、私は、色々な可能性に頭を巡らせていた。

 

 実は近くで見てわかったのだが、男の服装はかなり汚れていた。帽子のつばはよれよれで、パーカーの色はあせ、なんだか少しきばんでいる。そしてジーンズは野犬に襲われたかのようにびりびりだ。おしゃれで履いているのであれば、理屈を人に問いただされるくらいの状況である。

 

 まあ、ホームレスなのかなぁ、世の中大変だなぁで終わる事案だ。だが、私の住んでいる場所は新宿からそれほど遠くない。そのため多種多様な人が住んでいる。

 

 言い方は悪いが、この男よりもはるかにみすぼらしい恰好をした男性がタワーマンションの中に消えていったことを見たこともある。変な声を叫びながら歩いている女性が、豪邸、以外の言葉では形容できないような、巨大な家の門に吸い込まれていくのを見たこともある。

 

 普通であれば、ジーパン破れ男の存在は「多分ホームレスの人」で片付いてしまうわけだが、場所柄、この男が非常にハイセンスであったり、何らかの意思を持ってこの服装をしている人間である可能性もあった。

 

 たまたま信号が赤に変わり、男と並んだので、男を見てみると結構若い。30代くらいといった感じだ。

 

 ますます私は混乱した。男はホームレスなのか。だとしても、若い。何らかの意思、目的があってホームレスをしているのかもしれない。

 いや、ただのヤバイ人間なのかもしれない。

 それとも、非常にハイセンスな男なのか。

 もしかするとやむにやまれずホームレスになって、ジーパンが破けていることにも気づいている、でも自分を励ますためにリズムよく歩いているのかも。

 

 色々なことが私の頭の中を巡った。私にとって、男が履いている破けたジーパンは「男の人生」という名の宇宙に変換されていた。

 

 

 ちなみに、ここまで10分近く歩いていたのだが、奇跡的にというべきか、男の歩む方向と私の家は方向が同じだった。まあつけられていると、思っていたのかもしれないけれど。

 

 しばらくすると私のぼろ屋が見えてきた。

 

 男はまだ前を歩いている。正直なところ、彼がどこに行きつくのか見てみたいという好奇心があった。

 

 だが、一番最後によぎった考えが事実だったのであれば、私がこれからしようとしていることは、とても失礼である。

 

 結局私はぼろ屋の階段を上り、部屋の鍵を開けて、家に戻った。気になったが、男のその後は目で追わなかった。彼が一体どう生きているのか、結局はわからずじまいである。

 

 だが、私の頭の中に広がった宇宙は、まだぐるぐると渦巻いている。また、ジーパン破れ男に出合うことがあったら、今度は声をかけてみたい。

 

  終わり