いつみても適当

ブログです。

読書 小川さやか チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学

常々しっかりしないでも生きていきたいと思っている。とかく社会と呼ばれるものが要求している”しっかり”は厳しい。私はできないことの方が多い。時間は何とか守れているけれど、業務委託でやっている仕事の進行管理には難儀するし、お金の管理も面倒だ。

請求書を忘れてお金をもらえていないお仕事も、今冷静に見たら、10万円くらいある。恐ろしい話だ。私はあんまりちゃんとすることができていない。朝もしっかり起きれないしな。考えだしたらきりがなくなってきた。

だからか、こんな感じの本がよく気になる。書いたのはアフリカを主なフィールドとしている文化人類学者の小川さやか先生。もともとタンザニアの零細商人など、要するにインフォーマルな経済活動を人類学的な視点で研究をされている方らしい。有名なところだと、『その日暮らしの人類学』なんかも小川先生の作品だ。

今作は著者の研究の地続きになっているものをエッセイ調で、もう少し読みやすくしたもの。舞台は今はデモで揺れる香港にあるチョンキンマンション。沢木幸太郎の『深夜特急』にも登場したバックパッカーには知られた場所だ。

歴史は古く、できたのは60年代。16階建てのビルと17階建てのビルが合計5棟。連なった様はある種異様ですらある。中には安宿だけでなく、個人の住居、飯屋に家電、散髪も、なんでもござれだ。カオスを地でいくような場所である。

小川先生はここで暮らすタンザニア人たちに着目した。アフリカは成長著しいとはいえ、まだまだ、発展途上の国は多い。タンザニアも貧国の一つだ。まだまだ自国の経済内だけでは、一攫千金の夢はかなえられない。社会階層を駆け上がれない。だから夢を求めて彼らは外へ飛び出す。着の身着のままでくることも少なくないという彼らの行き場となるのが、混とんとしたチョンキンマンションというわけである。

本作で語りの中心となるのは、ここで皆から”ボス”と慕われる中古車や家電の輸入業を営む『カラマ』という50がらみの男。時間にはよく遅れる。時に威厳に満ちているときもあれば、時に一文無しになり、自分が助けた若者に助力をこう。およそボスと慕われるには頼りなさそうに見えるこの男を中心として、香港で過ごすタンザニア人たちのコミュニティを探っていく。

その中で見えてくるのは、簡単に言ってしまえば、ちゃんとしなくても生きている、経済的な仕組みだ。むしろちゃんとしていないことそのものが、生存し、うまくやっていくための巧みな知恵とすらなっている。

カラマの周囲にいる人間だって、真面目にビジネスを営む者もいれば、人をだまして金をくすねていくもの、いろいろだ。中には外国人相手に非合法な売春、窃盗などの犯罪に手を染めるものすらいる。

 だが、既存の社会のように彼らを排除してしまうのではなく、包摂しながら、ちゃんとしなさを受け入れていきながら、彼らのコミュニティはうまく回っていく。

日本のように、ある程度経済が安定している国では無軌道な行いや、ある種のちゃんとしなさというのは、時には落伍者の印のように扱われることもある。一度輪の中からはじかれてしまえば戻ることは難しい。

だが、そもそもタンザニアから来た彼らにとって、普通であること平穏に暮らしが過ぎていくことそのものが普通ではない。突然裏切られ一文無しになることもあれば、香港や中国当局から締め出しに合うこともあるだろう。とうの”チョンキンマンションのボス”カラマだって、香港に滞在しビジネスをするために、難民にまでなった。

ちゃんとすることよりも、何とかして、目の前のその日暮らしを維持する。そして、うまくのし上がっていくチャンスを目指していく。このことの方が彼らにとってはよほど現実的な手段なのかもしれない。

もちろん海外の事例だし、我々は別に穏便に暮らそうと思えば何とか暮らせる。とはいえ、無理な労働に従事しなくとも利用しようと思えばいくらでも利用できる様々な手段が残されていることも事実だ。インターネットもあるし、プライドが邪魔しなければ生活保護を受けて、雌伏して時が来るのを待つこともできるだろう。我々の世界だって、目を伸ばせば様々な手段が残されている。

 そんな気づきが得られた一冊だった。

終わり

 

チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学

チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学

  • 作者:小川 さやか
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2019/07/24
  • メディア: 単行本
 

 

 

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)

  • 作者:小川 さやか
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/07/14
  • メディア: 新書