駅員の田中さん(仮名)に言いたくても言えなかったこと
幸いにも満員電車とはそれほど縁がなく過ごせているので、剛のものではないけれども(通な人は鉄道ファンを剛のものと呼ぶらしいぞ)電車に乗っていると、いい知れず楽しさやノスタルジーのようなものを感じる。
電車がいい感じに古びていたり、普段知らないような街を通ったりするのもいいが、やはり特徴的な駅員さんがいたりするとなおいい。
一癖も二癖もある駅名を告げるアナウンスや「お気をつけください」なんて声を聴くと、これからどこかへ行くんだ、とわくわくする気持ちにさせられる。
駅員さんの日ごろの過酷な業務に裏打ちされた機敏な動きをみると、何を頑張るわけでもないのに、今日も頑張ろう、なんて気持ちになるものだ。
最近JRを利用していてとても魅力的な駅員さんにあった。名札を見るに名を田中さん(仮名)というらしい。田中さんが駅員を務めていたのは、小さいながらも非常に混雑する駅で、何やら駅員さんの腕が試されそうな駅だった。
ユニフォームはパリッとしていて、田中さんはクールに着こなしている。頭の上にちょこんとのっている帽子も何だか誇らしげだ。
胸のポケットについている名札はクリップでつけるタイプにも関わらず、曲がらずにきれいについていて、名札に太い明朝体で書かれた「田中」も何だか誇らしげ。とても様になっている。
見事な立ち居振る舞いにあらわされているように、田中さんは駅員さんとしての仕事も素晴らしかった。適切なタイミングでアナウンスをし、その声もしっかり通るのだが駅員さんにたまにある、ちょっと高圧的な印象はない。さながらエンターテインメントのようでもある。
動きも完璧でホームの真ん中をメインポジションとし、乗客の乗降時には邪魔にならないように、かつ自分の仕事がしっかり遂行できるように、適切な場所を見つけすっとそこに動いていく。じっくり見ていると思わず拍手をしそうになるほどだ。
でもそんな田中さんを見ていていつも気になっていることがある。何故か知らないが2回に1回くらいの頻度でズボンのチャックが全開なのだ。もしかすると緊張感のある仕事を保つためにわざと開けているのではないかと、思わせるくらいの頻度である。
しかもわざと開けているのではないかと思わせるほどしっかり空いている。ぎりぎりパンツは見えないけれど。
私はこの事実を告げるべきかどうか悩んでいる。そんな勇気が私にないのもそうだが、もし田中さんが意図的にチャックを開けているのであれば、彼の聖域に踏み込むことにもなる。
それに、もしこの事実を告げて田中さんが赤面して「あ...ありがとうございます」なんて言おうものなら、私の中でのハイパー駅員「田中さん」の理想像ががらがらと崩れてしまう。
ジャニーズアイドルがAV女優とシンガポールでいちゃいちゃしていた、という報道を見たときのような気分になりそうだ。
なんてことを考えながら、朝の仕事をする前に私はこのよくわからない文章を書いている。人のことなんて心配する前にまずは自分のことをもっと心配するべきかもしれない。