ワセダ三畳青春期 こんなところで暮らしてみたい......かもしれない
最近読んだ本のレビューを。
クレイジージャーニーでもおなじみ、辺境作家高野秀行の若かりし頃を描いた一作。細かい名前は忘れたが、初版からしばらくして、酒飲みの書店員たちが作ったという酔狂な賞を受賞し話題に。2017年には集英社で文庫化された。
根津権現裏や西村賢太作品みたいに貧乏、辛苦をテーマにした作品はあるけれども、そんな作品に通底している、世の中を斜め下からなめるように見上げる執念みたいなものは感じられず、はらを抱えて笑い転げそうになる痛快な作品だ。
名前の通り、早稲田のほど近くにあった三畳間、家賃は1月1万2000円の野々村荘で高野さんが暮らした11年間をつづっている。
他のレビューでもよく見るが、高野さんがどう考えてもあまり金にならなそうな主流から離れっぱなしの作品を書き続けていたのに、なぜだか飯が食えていた理由がよーくわかる。
そりゃ1月、1万2000円の部屋で暮らしていれば、お金も無駄にかからないはずだ。京都大学の吉田寮や熊野寮、あるいは北大の恵迪寮のような国立大学の自治領ほどではないが、貧乏人のワセダと言われた名残を感じさせる。(ちなみに今は全然そんなことはなさそう)
ちなみにこの野々村壮、実はかの中里介山が住んでいた家だとか。腐ってもそこはワセダなのかもしれない。
はてさて、作家の高野さんがそんな中里介山のように優雅に暮らしていたかというとそんなわけはない。
1万2000円の野々村荘に集まるのは、もちろん曲者揃いだ。詳しくは本を見ていただくとして、個人的に非常にお気に入りだった人物をご紹介しよう。それがケガワ君だ。
ケガワ君といっても中年の男性で、美人のおねぇさんからケガワを売りつけられそうになったからついたあだ名らしい。ひどいものである。
でもこのケガワ君が、突然奇声を上げたり、髪の毛を数十本束ねてトイレに張り付けておくなど、かわいらしい奇癖の宝庫で、まぁそんなあだ名がついてしまうのも自業自得かもしれない。
そんな話はさておき、こんなままならない野々村荘でままなる生活ができるわけもなく。野々村荘の同志たちはあるものは就職し、あるものは自分の環境に絶望し、あるものは消息を絶ちと次々に姿を消していく。
そんな暮らしに疑問を感じるのは高野さんもしかりだ。とはいえ何とかしなくては、と思っても、同じ野々村荘の4畳半の部屋に移るだけだったり、仕事をすぐにやめたりとやっはり辺境作家らしいところを見せるのだが。
そんな中、大きく変わるのは高野さんが恋に落ちてから。こんなどうしようもない文章ばかり書いているブログでこう書くととても陳腐な感じがするのだが、一緒に本書を仕上げた編集者さん肝いりということもあってか、ここからの展開が非常にドラマチックだ。
30を過ぎた辺境作家が恋をして、好きな女性と一緒にいたいと願い、最後は青春に別れを告げて野々村荘を出ていく。本書を彩るなんとも美しい最後だ。
ちなみにくだんの野々村荘はこの美しいラストとともになくなったかと言えば、そんなことはなく、今でもワセダにあるらしい。
今でも12000円なら住んで見たいかもしれない。
名ノンフィクション作家高野秀行の執筆人生の裏側を知ることができる一作でもあり、若者の青春譚としても魅力的な一作。
焼酎をあおりながら、ちびちび読み進めるのにおすすめだ。