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最近読んだ本 感想 坂口恭平躁鬱日記 

 坂口恭平躁鬱日記を読んだ。作家、活動家、画家、ミュージシャン、新政府総理大臣等独自の活動を続ける坂口恭平氏が書いた一作。ネットで更新していたものを下敷きにしているもので、氏の小説『幻年時代』を執筆していた時期の内容を主にまとめたものらしい。

 

 普通に文章作品としても、坂口恭平の考え方や実際に彼がどういう人物なのかわかって面白い。特にあけすけなくセックスに関する話題を記載しているのも何というか見どころがある。また、お子さんであるアオや奥さんのフー、そして一癖も二癖もある仲間たちの日常をつづったほのぼのとした内容ながらも世の中を切り取る視点が鋭くなんというか鳥肌が立ちそうになるのもたまらない。

 

 だが、こんな単に作品としての面白さだけでなく、興味深い部分がある。それは、単に文章だけでなく、視覚的に作家坂口恭平ではなく、躁うつ病患者坂口恭平のこころのありよう、揺れ動き方が把握できるようになっている点だ。

 

 躁の時期、どちらも混じったなんとも言えない時期、軽い鬱の時期に関しては白い背景の一般的なレイアウトとなっているのだが、鬱期には一面鉛筆で黒く塗りつぶされたような背景で、一目で気持ちの落ち込みようがわかるようになっている。

 

 また、単に、気持ちの浮き沈みだけでなく、その激しい気持ちの動きによって精神に起こっているであろう混乱も視覚的にわかるようになっている。おそらくだが意図的に一般期と鬱期に入る段階でページをきれいに分けるようにはしていない。

 

 わかりやすく言うと、一般期の文章がしっかり終わっていないのに、次のページから鬱期の激烈に落ち込んでいるであろう文章が登場する、そしてその文章が終わると、一般期の文章の続きが始まるといった具合である。最初は誤植かとも思ったのだが、これをしっかりと読み下して本書を読み込んで言くと、坂口恭平が感じている耐えがたい激情のようなものの一部を追体験できる気がする。

 

 本書を読んでいると、文章の内容や登場人物の気持ちの動きから坂口恭平という人物がまるで二人も三人もいるように思えてくるのだが、そのあたりも視覚的にしっかり読者に訴えかけてきているのだ。

 

 本書が登場してからすでに5年近く経過した。氏の周辺状況も大きく変わっただろうだが、依然として坂口恭平氏は死に至る病を克服しているわけではない。だが、氏のtwitterなんかを見ると、妻に止められようとも、死にたいという人の悩みにこたえる、いのっちの電話は続けているようだ。

 ちなみにこの本も医療系の専門出版社から出ており、当事者研究的な側面も強いようだ。何か寄与したいということもあったのかもしれない。というか顛末も微妙にだが本書に記載されている。

 

 ちなみに坂口さんは大変かもしれないけれど、いかんともしがたいくらい死にたいけど行政が嫌だ、と思ったら坂口さんのいのっちの電話にかけてみるのもいいかもしれません。僕もちょっぴりかけてみたいけど病気でもないし、そこまで死にたくもないからなあ

 

 終わりに 本作は単に面白いだけでなく、そんな氏の人間全般に対する思いやりというかやさしさというかそんなものが垣間見える一作でもある。おすすめ。